宿泊業について語られるとき、「人手不足」「離職率が高い」という言葉はよく出てきます。ですが、実際に誰がどこから入ってきて、なぜ辞めて、その後どこへ行っているのかを数字で示した記事はほとんどありません。

観光庁は2025年3月、宿泊業の従業員473人と、宿泊業を離職した300人、そして宿泊事業者に対する大規模な調査結果を公表しました。この記事では、その報告書から入職・定着・離職に関する数字を取り出して読み解きます。これから宿泊業に入る人にとっても、いま働いていて迷っている人にとっても、判断の材料になるはずです。

どこから来るのか

まず、宿泊業で働く人の経歴です。観光庁の調査によると、前職がある人の割合は施設タイプによらず7割前後でした。

施設タイプ前職がある人の割合
旅館69.6%
ビジネスホテル67.0%
シティホテル・リゾートホテル68.8%

新卒で入ってそのまま、という人は3割程度にすぎません。宿泊業は、中途で入るのが標準的な業界です。

前職の内訳を、旅館の場合で見てみます。

前職の業界割合
観光・旅行業19.5%
飲食サービス業15.8%
医療・福祉6.5%
航空業5.3%
娯楽・レジャー業4.1%
ブライダル業3.4%
生活関連サービス業3.0%
教育、学習支援業1.3%
その他10.8%

前職がない30.4%の内訳は、高卒17.8%、大卒10.9%、専門学校卒1.6%です。

ビジネスホテルでは飲食サービス業16.7%が最多、シティホテル・リゾートホテルでは飲食サービス業20.9%が最多でした。

つまり、入職の主流ルートは「観光・旅行業から」と「飲食サービス業から」の2つです。接客と現場運営の経験が、そのまま評価される構造になっています。

なぜ宿泊業を選ぶのか

従業員473人に、宿泊業で働こうと思ったきっかけを聞いた結果です(複数回答)。

きっかけ割合
旅館やホテルを客として利用し、憧れを持った20.9%
他に就職先がなかった19.9%
家族、先生、知人等の身近な人から影響を受けた18.0%
自分のしたい業務ができそう16.9%
求人広告や就職イベントで興味を持った11.4%
学歴・性別・年齢・経験有無に関係なく活躍できる10.8%
異文化コミュニケーションや語学を学んだり活かしたりできる10.1%
アルバイトをしていた8.7%
シフト制・夜勤・休日勤務等の働き方が自分にあっている8.2%

1位は予想どおり「憧れ」です。しかし、2位が「他に就職先がなかった」で19.9%を占めるというのは、この業界について語られるときにまず出てこない数字です。離職者300人への同じ質問では、これが22.3%で最多になっています。

この2つが並んでいる意味は小さくありません。動機の強さに大きなばらつきがある状態で人が入ってくる業界だということです。だからこそ、入る側が「自分はどちらでもなく、業務を理解したうえで選んだ」と示せると、それだけで採用側の見え方が変わります。

同時に注目したいのが「学歴・性別・年齢・経験有無に関係なく活躍できる」10.8%です。これは後述する満足度の項目でも上位に来ます。この業界の実質的な強みはここにあると、働いている人自身が答えています。

なぜ辞めるのか

離職者300人に、宿泊業から他業界へ転職した理由を聞いた結果です(複数回答)。

離職理由割合
自分のしたい業務ができなかった20.0%
立ち仕事や重労働が多く体力的に厳しかった16.7%
クレーム対応が多く精神的にストレスだった14.0%
人手不足等により1人当たりの業務量が多すぎた14.0%
給料に不満があった11.3%
スキルアップや自身のスキルを活用する機会が不十分だった10.0%
家庭の事情10.0%
シフト制・夜勤・休日勤務等の働き方が合わなかった8.7%
職場の人間関係が合わなかった8.7%
学歴・性別・年齢・経験有無により活躍できない場合があった7.3%
望まない人事異動・昇格・転勤があった6.7%
研修制度が不十分だった1.7%

1位は「自分のしたい業務ができなかった」(20.0%)です。給料への不満(11.3%)ではありません。

これは重要な発見です。宿泊業を辞める人の話は「給料が安いから」で語られがちですが、当事者が挙げる理由の最上位は業務のミスマッチでした。

続く2位・3位・4位(体力、クレーム、業務量)は、いずれも入る前に確認できた可能性のある項目です。1日の担当室数、ピーク時の人員体制、クレームのエスカレーションルール。これらは面接で聞けます。

逆に「研修制度が不十分だった」は1.7%と低く見えますが、事業者調査では離職率が高い施設ほど研修を実施していない割合が高いことが示されています。本人が研修不足を理由に挙げなくても、研修がないことが「したい業務ができない」「業務量が多すぎる」という形で現れている可能性があります。

いつ辞めるのか

離職のタイミングははっきりしています。

  • 離職者の9割以上が10年以内に離職
  • 75%以上が勤続1〜5年で離職

つまり、最初の5年を越えられるかどうかが分かれ目です。逆に言えば、5年を越えた人は長く続く傾向にあります。

厚生労働省の雇用動向調査では、宿泊業・飲食サービス業は産業別で最も離職率が高い水準にあります。ただしこの区分には飲食店が多く含まれるため、宿泊業単独の数字ではない点には注意が必要です。

辞めた人はどこへ行くのか

宿泊業で働いた経験のある人の「その後」の内訳です。

現在の状況割合
現在も宿泊業で働いている23.9%
現在は異なる業界で働いている40.3%
現在は働いていない35.7%

宿泊業を離れた人の主な転出先は、観光・旅行業、生活関連サービス業、医療・福祉です。旅館を辞めた人では、観光・旅行業と医療・福祉が目立ちます。

ここから読み取れることが2つあります。

① 経験は業界の外でも通用する。 接客・現場運営・シフト管理の経験は、観光や小売、医療・福祉の現場でも評価されます。宿泊業に入ることが「潰しが利かない選択」にはなりません。

② 同じ宿泊業の中での転職は多くない。 施設を変えるより、業界そのものを出る人のほうが多い構造です。裏を返せば、最初の職場選びが与える影響が大きいということでもあります。

続けている人が満足しているもの

いま宿泊業で働いている人(N=337)が、職場について満足している点です。

満足している点割合
人間関係、コミュニケーション41.2%
学歴・性別・年齢・経験有無に関係なく活躍できること34.7%
労働時間・休日等の労働条件26.7%
業務内容、配属・異動の制度23.4%
会社の安定性・将来性16.0%
福利厚生13.6%
地域の活性化や発展への貢献11.0%
給料9.5%
人事評価・処遇の在り方6.5%
教育訓練・能力開発のあり方6.2%

給料は9.5%で下から3番目です。

一方で、離職理由としての「給料に不満」も11.3%で上位ではありませんでした。この2つを合わせると、宿泊業では給料は満足の理由にも、決定的な離職の理由にもなりにくいことが分かります。

実際に人を留めているのは、人間関係(41.2%)と、属性によらず活躍できること(34.7%)です。この2つは求人票には書かれません。だからこそ、面接で職場の空気を見る意味があります。

なお、教育訓練が6.2%と最も低い点は、業界の課題として報告書でも指摘されています。研修の仕組みが整った施設は、それだけで相対的に選ぶ価値があるということです。

データから読む職場の選び方

ここまでの数字を、職場選びの判断基準に落とすとこうなります。

  • 配属先の部署と、担当する業務の範囲を面接で確認する(離職理由1位への対策)
  • ピーク時の人員体制と、1人あたりの担当量を聞く(離職理由4位への対策)
  • クレームを責任者へ引き継ぐルールがあるか確認する(離職理由3位への対策)
  • 研修期間と、一人立ちまでの目安を聞く(離職率の高い施設ほど研修がない)
  • 面接時に見えるスタッフ同士のやりとりを観察する(満足度1位は人間関係)
  • 年間休日の日数を確認する(求人票の67.3%しか書いていない)
  • 中途入社の比率と、勤続5年以上の人がいるかを聞く(5年が分かれ目)

とくに最後の項目は有効です。勤続5年以上のスタッフがいるかどうかは、離職のタイミングのデータと直接対応しています。「長く勤めていらっしゃる方には、どんな共通点がありますか」という聞き方なら、逆質問として自然です。

具体的な聞き方は面接ガイドに、確認すべき条件の全体像は給料のリアルにまとめています。

戻るという選択肢

報告書のなかで、あまり知られていない数字があります。

宿泊業を離職した人のうち、4割弱に復職の意向がありました。 とくに20代、そして観光・旅館・ホテル・旅行・ブライダル・調理・経営といった分野を学んできた人で、その割合が高くなっています。

事業者側も、この層へのアプローチが不足していると報告書は指摘しています。つまり、一度離れた人が戻ってくることは、業界にとって想定されているルートです。

ブランクがあることを不利に感じる必要はありません。経験者であることは、掲載求人の38.3%が経験者を求めている現状において、明確な強みです。

よくある質問

宿泊業の離職率は本当に高いのですか?

厚生労働省の雇用動向調査では、宿泊業・飲食サービス業は産業別で最も離職率が高い水準にあります。ただしこの区分には飲食店が多く含まれるため、宿泊業単独の数字ではありません。観光庁の調査からは、離職者の75%以上が勤続1〜5年で辞めていることが分かっています。

未経験・異業種から入る人は少数派ですか?

多数派です。観光庁の調査では、旅館で働く人の69.6%、ビジネスホテルで67.0%、シティ・リゾートホテルで68.8%に前職がありました。飲食サービス業と観光・旅行業からの転職が特に多く、異業種からの入職は業界の標準的なルートです。

「したい業務ができなかった」を避けるには、どうすればよいですか?

面接の段階で、配属先の部署と業務範囲、そして将来的に担当が変わる可能性を確認してください。2024年4月から、労働条件の明示には就業場所と業務の「変更の範囲」を含めることが必要になりました。労働条件通知書にこの記載があるので、内定後も必ず確認してください。

一度辞めても、宿泊業に戻れますか?

戻る人はいます。観光庁の調査では、宿泊業を離職した人の4割弱に復職の意向がありました。とくに20代と、観光・ホテル・旅行・ブライダル・調理などの分野を学んできた人で意向が高く、施設側も経験者の復職を歓迎する状況にあります。

給料が満足度の上位に来ないのはなぜですか?

満足している点として給料を挙げた人は9.5%でした。一方、離職理由として給料への不満を挙げた人は11.3%で、こちらも上位ではありません。給料は「満足の理由にはなりにくいが、決定的な離職理由にもなりにくい」項目です。実際に人を留めているのは、人間関係と業務内容の適合であることが数字から読み取れます。

数字が示していたのは、「宿泊業はきつい」という漠然とした話ではありませんでした。辞める理由の多くは、入る前に確認できたことに由来しているということです。業務範囲と体制を確認して入れば、避けられるミスマッチはかなりあります。求人票を読むときは、給与額の隣に「何をする仕事なのか」を必ず置いてください。